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「口噛み酒」
 おおよそ今から四、五千年前の話しです。
植物から澱粉をとり、それをデキストリンにして食べるといった一連の工程ができあがり、澱粉を糖化することが発見されたのが「口噛み酒」の始まりと考えられます。
例えば米飯を食べているうちに『甘い』と感じるのはデキストリンが糖化していることです。
これが「口噛み酒」の基であり、唾液中の糖化酵素が活躍した為の結果でありましょう!
これは木の実や、根茎類から澱粉を抽出すること、そしてそれをデキストリン化することに考えついたからこそです。
「口噛み酒」は東アジアから南太平洋、中南米にかけて分布し今尚、環太平洋地域の離島や遠隔地などにこの酒造りの痕跡を見ることができます。
「口噛み酒」とは字の如く「口」でデキストリンを噛み、壷🏺に移し暫くすると糖化発酵し空中に浮遊している酵母菌がその甘みに誘われて付着しアルコール発酵をするという訳です。これが澱粉を使って酒造りをした初めかと考えられます。
我が国でも当然、この方法での酒造りがなされており、千年程前迄春日大社などで醸造されていたようです。
桑乃都 ㈲小澤酒造場 店主
井戸尻考古館は曽利遺跡の中にありますが、その曽利遺跡の中期縄文遺跡住居跡から黒焦げになったパン🍞の様なものが出土しました。1960年発見です。現物を早稲田大学と東京大学に送り鑑定してもらった結果、両校共に植物澱粉が加工された食品であると推定されたのであります。
現在でも信濃川上流の長野県秋山郷の栃アンポ、飛騨の楢餅、奈良県十津川上流のお餅等がありますが、これらの加工食品は『生』ならもちろんのこと焼いたり煮たりして、そのまま放置しておきますとすぐカビがはえ、、つまり麹菌が繁殖します。これに水を加えれば糖化が進み野生酵母の働きで木の実の酒ができるといった仕組みであります。

遺跡群の1つ高森新道1号竪穴式住居跡から出土した中期縄文土器の中に口縁部が大きく開いていて中程にくびれがある瓢箪型で口縁部の広い形の土器が出土しています。くびれの部分にスノコを置けば正に蒸し器であります。
この様にして澱粉を加熱処理することでデキストリンに替え食糧としたのと同時に酒にもしたことが明らかになってきました。

昔の人には如何にアルコール飲料について工夫を重ねていたか…思い知ることができます。

桑乃都 ㈲小澤酒造場 店主
縄文時代の〈酒のふるさと〉井戸尻遺跡については以前少々触れたことがありますが、1953(昭和28)年8月 長野県諏訪郡富士見町の井戸尻遺跡一帯に縄文中期の
竪穴式住居跡が当時生活していた状態のまま発掘出土され中にいろいろな土器がほぼ原形で発見されました。
その中の1つの壷の底に山葡萄の種が沢山残っており葡萄🍇酒を造った壷であることが確認された訳です。
更に時が進み、木の実とか芋🍠類の澱粉を発見!当時酒にしたのではないか?
そこで、5000年〜3000年前の様子を振り返ってみましょう!
どんな植物からどの様な澱粉をどの様にして採ったのでしょうか?大別すると…
1 クルミ、トチ、ドングリなどの実→堅果類
2 かたくり、葛、山芋→根茎類
となります。
皆さま小学生のころじゃがいもをすりおろして水に晒し澱粉を採る理科の実験をされたかと思いますが全くそれと同じ方法です。堅果類はお湯につけてふやかし石器で叩いて外穀をとり中実を砕いてすりつぶし水に濾す
根茎類はすりつぶして水で
濾すといった形で、まず、澱粉をとることが第1の目的でありました。当然この澱粉が人間の食糧になった訳ですが、当然、酒にも使ったであろうことが推察されるのであります。

皆さま、緊急事態宣言が解除にはなったものの、第2波の可能性もあり、落ち着かない日々をお過ごしのことと存じます。今回の夏特別企画、雄町米で造った酒の頒布会、ご購入いただきました方ありがとうございましたm(_ _)m
お味はいかがでしたでしょうか?
ご感想ありましたら是非お聞かせください〜
また、ご注文されていらっしゃらない方でご購入ご希望の方、まだ間に合います!
お電話かFAXでお問い合わせください〜
ではでは、マスクして3密避けて前向きに🎶イェーイ👍

桑乃都 ㈲小澤酒造場
皆さま〜いかがお過ごしでしょうか?緊急事態宣言解除とはなりましても、気の抜けない毎日ですね😨
今回、弊社は幻の酒米、『雄町』を仕込んだお酒をチョイスした頒布会を企画いたしました!
酒米として名高い『山田錦』も誕生のルーツを探ると雄町米がお父さんだったんですねー😊
雄町米が沢山採れないので、中々レアなラインナップです。
家飲みでゆっくり楽しんでいただけたらと思います。
また、小さな5勺マスもプレゼントしちゃいます!今回は♯stayhomeの焼印入り👍
マスにお酒をそのまま注げば檜の香りが爽やかなお酒になりますし、細めのグラスをマスの中に入れてお酒を注いでちょっと溢れさせて召し上がるのも乙なものです!是非!!この機会にお買い求めください〜〜
桑乃都 ㈲小澤酒造場
前号までに少々触れておりますが水稲米が日本に入ってきた経緯をもう少し詳しく説明しておきましょう。
中国の広大な土地で発達した農耕文化が日本列島へ伝播されたのにはいくつかの移入ルートがあるようですが主たる学説として
江南から南朝鮮を通り日本へ…
もう一つは
直接日本(北九州地域)へ渡来したと言われております。
江南の浙江省 江蘇、安徽、両省の南部あたりまでの広大な地域を指して南支と言っておりますが、ここにはアジア系の非シナ稲作民族が先住していましたが呉越の台頭から楚が勢力を得て戦国時代に入り華北からの圧迫を受け始めました。当時華北は江南地域を「蛮夷ノ地」と見下げていましたが「江南ノ地広ク、或ハ火耕水耨ス 民ハ魚稲ヲ食イ、漁猟山伐ヲ業トス」と「漢書」に書かれているように華北に比べたら南支は大変豊かであったのです。
やがて漢国が強力な武力を持って国家統一を目指し江南地域に進出し、その勢力に耐えきれずに国外退去となり九州にも渡来したのでありましょう。
このことが日本に弥生稲作農耕文化を芽生えさせた切っ掛けであります。
当時我が国は縄文晩期、食料としては木の実や根茎類が常食であり、これを原料として「口かみ酒
」が造られていた時代です。この様にジャポニカ米が移入され、やがて水稲米での日本酒が醸造されるのですが、その前に根茎類や雑穀による酒=アルコール飲料を説明しておきたいと思います。次回に!
桑乃都 (有)小澤酒造場 店主
皆さま〜コロナ菌の影響で「家飲み」の毎日かと存じます。。
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桑乃都 (有)小澤酒造場 

BC300年頃に始まった弥生時代は特にその前半に農耕文化が発達、進化した時代でありました。
金属類の普及つまり石器時代から金属製の農機具に代わった時代であります。
前号で金属製の農機具と共にジャポニカ米が移入されたと書きましたが、加えて祭礼用の品々も入国し更に貯蔵用のもたい(大きな胴の太いカメ)そして壺と共に農耕儀礼等が持ち込まれました。当然ジャポニカ米で造られる酒造りも移入されたものと考えられます。
農耕文化は北九州から瀬戸内を経て近畿地方へと伝わってまいりますが、日本最古の弥生土器が出土した福岡市板付遺跡の水田部落、そして岡山津島遺跡等がその移行の足跡を残しています。その流れは伊勢や濃尾地域にも伝播し数多くの有名な遺跡が残っております。その中の1つに奈良県唐子遺跡がありますが、ここからは籾種の入った壺や祭礼用の彩色壺形土器が発見されております。
水稲米が耕作され、それを用いて酒を造り新しい土地に水田を開き酒を醸して神に献上したものと考えられております。日本の出現ですネ
桑乃都 ㈲小澤酒造場 店主
みなさま コロナウィルスの世界的流行の中、いかがお過ごしでいらっしゃいますでしょうか?

外出を控えなければならないことを考え、今回弊社は
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桑乃都 ㈲小澤酒造場 角田房子
 元々ジャポニカ米の原産地はミャンマーの東北に位置する南支那雲南地域でありました。
この米が次第に長江(揚子江)を下り南支那の広大な地域で栽培されるようになったのです。この地区は温暖肥沃な土地であり海産物も豊漁な大変豊かな生活環境であったようです。
 3000年程前、北支を支配していた漢民族がこの土地に目を付け南支へと攻め込み支配下に置いたものと思われます。
今まで何不自由ない生活をしていた人達の一部はこの土地を追われ、日本や朝鮮半島へと避難し、九州地区に移入して来たのが2500年前のころかと推定されております。
この時、鉄製の鋤や鍬等の農耕作業用品、そして米麹利用の酒造りとか、調理や貯蔵用の🏺カメ、壺、更に農耕儀礼等がセットで渡来しました。
南支から直接日本に渡来した一方、朝鮮ルートで移入した人達は祭礼用銅鐸や剣等の金属文化を携えての渡来、これら全体が混合され弥生農耕文化が開花したのです。当然ながらのジャポニカ米なる『米』も移入され水稲農法が進化したのであります。
水稲米による🍶日本酒造りの始まりかと考えられています。
桑乃都 ㈲小澤酒造場 店主


 毎年、節分には御神酒として奉納させていただいております、高尾山薬王院や高幡不動尊、八幡八雲神社、多賀神社…等をまわってご祈祷お願いしております。
最初の画像は本堂から豆まきをしていた小太郎さんです。
こちらは、東京こけしの大蔵社長さんと私。
恵さんも素敵です。
豆まきが終わりますと、マス酒とお料理をいただき、御札やお土産をいただいて終了となります。
ケーブルカーも往復無料ですし、ケーブルカー下車〜薬王院までもピストン輸送してくださいますので山登りはちょっとと思っていらっしゃる方も👍
半日楽しめますよ!
桑乃都 ㈲小澤酒造場 角田房子
 考古学者の先生方の遺跡発見が進むにつれ籾殻痕のある晩期縄文土器が九州地区で沢山発掘され、縄文後期に間違いなく陸稲の栽培が行われていたことが立証されました。
そこで、日本酒の原料は米であり、これを醸造したものだと定めるならば弥生時代に栽培され始めた水稲米によるものではなく縄文晩期の陸稲による酒が日本酒の原点であるということができます。おおよそ3000年前かと推定されています。
 しかし、日本酒の源流は?となると稲作農耕文化と共に渡来した水稲米であり、これを本格的に栽培し始めた頃ではないか…と思いを馳せますと2500年程前が妥当ではないかと考えられるのであります。
 ではどこから伝って来たのか?アジアの稲🌾の原産地は四川省の南、ミャンマー北部の東側、ベトナムの北部に位置する雲南地域と言われています。日本型ジャポニカ米とインド型の米とが最も近似した品種であることが研究の結果証明されました。であるならば、雲南から日本への間の同型の稲🌾が分布されている地域を繋ぎ合わせていけば入国ルートが解明されるのではないか?と、なる訳ですネ!
桑乃都 ㈲小澤酒造場 店主

皆さま、あけましておめでとうございます。昨年は沢山の方にご興味をもっていただきありがとうございました。本年も宜しくお願い申し上げます。
さて、先月のお話しの続きです。

ワイン🍷、ビール🍺に次いで他にも沢山の酒が世界で造られていますが日本酒屋ですから日本酒の起源をお喋りしようと思います。日本酒としての原型が残っている訳ではないので原料になる「米」がいつ頃渡来したのか「米」があれば米の酒があったのではないか?と推察される訳です。
日本列島へ渡来した「稲作農耕文化」と共に当然、「お米」も入って来たと考えられますから、その時代を随時ご説明しますが、多分2500年程前ではないか?と考えられています。そこで、ジャポニカ米(水稲)が栽培されるようになり、それを原料とした致酔飲料が日本酒の原点ですが、縄文後期の遺跡から陸稲の籾殻痕等が発見されているところをみると3000年も前にすでに陸稲(オカボ)があったのではないかとすれば、その頃米の酒があったと推測することができますね!

㈲小澤酒造場 店主
前月に続き
次にくるものはビール🍺でしょう。8000年も前と言う説もありますが記録としては6000年前ぐらいでしょうか?その頃のビール製造方法を明記したものが残っています。麦芽と麦粉からパン🍞を焼きそれを砕いて水に漬け自然発酵させたのが始まりかと思われます。ハンムラビ法典にはビールの条文もあり、当時既にビヤホールもあったとか?イタリアポンペイの遺跡にもビール工場が残されています。
さて、ビールは製造されましたが、当時腐敗が多く、これをいかに防止するかが問題であったようです。考えついたのが薬草を使うこととか…遂にたどり着いたのが現在のホップであります。ホップが使われるようになったのは2500年程前、九世紀になって広く普及し、今日に至っているとか…古い話しですネ
我が国でのビール🍺初見は慶長十八年(1613年)九州の平戸に来航したイギリス船の乗組員の飲料用でありました。実際にビール🍺なるものが日本人の口に入ったのは江戸中期と言われています。1724年ころとか…
『酒ハ麦ニテモ作リ申候、麦酒給見申候(ムギサケタベミモウシソウロウ)處、殊外悪敷く物ニテ何ノアチハヒモ無御座候名ハ「ヒイル」ト申候(コトノホカアシキモノヲナンノアチハヒモゴザナクソウロウ、ナハ(ヒイル)トモウシソウロウ)』との記録が残されています。
桑乃都 ㈲小澤酒造場 店主
今年も高尾山のもみじ祭りは大変盛り上がりました。
マス酒ご贔屓いただいた皆さまありがとうございました。
弊社のマス酒は数日前より樽の中で熟成させたものをマスに注いでご提供させていただいております。最近、「どこで購入できるか?」「どこの飲み屋さんで飲めるか?」といったご質問を頂戴することが大変増えてまいりました。残念ながら、もみじ祭りでの販売のみのご提供となっております。
また、お酒のお好きな方、お強い方は沢山おかわりされますが、お客様のご健康と下山途中のご安全を考え、ご提供をお断りする場合もございますこと、ご了承くださいますようお願い申し上げます。
来年も皆さまと笑顔😃で再会できますよう私も精進したいと思っております。ありがとうございました😊桑乃都 角田房子